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愛知県・犬山城|戦国時代の激戦地の要衝

犬山城(愛知県犬山市犬山北古券65-2)

犬山城について
犬山城
国宝 天守
別名 白帝城(はくていじょう)
分類 平山城
築城年 天文6(1537)年
築城主 織田信康
主な城主 織田氏、池田氏、小笠原氏、成瀬氏
愛知県犬山市犬山北古券65-2

木曽川が背後に流れる標高80メートルの断崖上に築かれたお城で、本丸、杉の丸、樅の丸、桐の丸、松の丸が階段状に配置される典型的な『後堅固』の縄張を持つ平山城です。

そそり立っているため、近くからは天守の全貌をのぞむことができませんが、木曽川にかかるライン大橋を渡り、向こう岸から見るながめは、勇壮でさすがにいい。この城は、このアングルが最高に美しく撮れる場所ですね。

ここは、天文6(1537)年、織田信康が水下城から現地に移した「最古の城」と言われています。尾張と美濃の境に位置して、中仙道、木曽街道にも通じていたため、古くから政治、経済、交易の要となり、それがゆえに戦国時代の激戦地の要衝にもなってきました。

いくたびも戦いの舞台になり、落城も経験しながら天守が残っているのは珍しいと言えるでしょう。めまぐるしく城主が入れ替わりましたが、元和3(1617)年、尾張藩付家老の成瀬正成が城主となってからは、そのまま9代にわたって受け継がれていきました。

結局、明治になっても廃城を免れ、明治28(1895)年、成瀬家に譲与され、平成16(2004)年3月まで個人所有のお城であったことも特徴的だと言えるでしょう。


時代劇などでよく登場する犬山城
織田信長の叔父、信康によって築城されたこの城は信長、秀吉、家康がからんだ場所でもあり、何度も戦いの舞台になっているので、時代劇などではよく登場する場所です。

特に天正12(1584)年の小牧・長久手の戦いでは、この犬山城は、秀吉が陣を構えて、小牧山城に本陣を張る織田信雄・徳川家康連合軍と睨み合った場所。大河ドラマでも、『秀吉』『利家とまつ』、『功名が辻』など、数々の作陥がこの戦いを取り上げています。

犬山城の別名「白帝城」は、江戸時代、ここを訪れた儒学者荻生祖らによって名づけられたと言われています。木曽川沿いに建つこの城の佇まいを、長江流域の丘の上にある白帝城を詠った、中国盛唐の詩人・李白の詩『早溌白帝城』にちなんだとのこと。木曽川を渡ったところから、凛々しい天守閣の姿を味わっていただきたいと思います。

また、最近は周辺の城下町がよく整備されてきています。ここは、総構えと呼ばれる、城と城下町の外周を堀で囲い込んだ城郭構造を、江戸時代の切絵図と殆ど変わらずそのまま残していて、町のあちらこちらに、犬山祭で使われる車山を納めた車山蔵や、古い町屋やお屋敷が見られるのです。

お城を見た後に、ゆっくり散策して江戸時代の雰囲気に浸ってみるのもいいかもしれません。さらに、木曽川では鵜飼いも楽しめます。鵜飼いそのものが始まるまでに、鮎の塩焼きを売っている船とか、花火を売っている船、踊りを見せる船など、出店のような船がどんどん出てきて、鵜飼いの前段ショーのようなものが始まります。こちらも大いに楽しめますよ。



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