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静岡県・掛川城|戦後初めて木造で復元された城

掛川城(静岡県掛川市掛川1138-24)

掛川城について
掛川城
国重要文化財 二の丸御殿、大手二之門(移築・油山寺山門)
別名 懸川城、雲霧城(うんむじょう)、松尾城(まつおじょう)
分類 平山城
築城年 永正9(1512)年、天正18(1590)年
築城主 朝比奈泰煕、山内一豊
主な城主 朝比奈氏、山内氏、太田氏など
静岡県掛川市掛川1138-24

天正18(1590)年に家康が関東に移されると、山内一豊が5万石で入城、天守を築くなどして近世城郭へと大改修を行ったとされています。

平成6(1994)年、戦後初めて木造で復元された城として知られていますが、復元された天守は、残っている絵図とは異なる、高知城をモデルにしたものになってしまったそうです。

せっかく絵図も残っていて木造でと考えると、元通りの復元でないのが残念な気もしますが、ここには4つしか現存していない御殿のひとつが残されています。この御殿はぜひ見ておきたいですね。


掛川城の歴史
掛川は歴史的にも忘れてはならない重要なところ。慶長5(1600)年、秀吉の死後、関ヶ原の戦いに向かうため、家康は東海道を通って西へ向かう必要がありました。

しかし、東海道沿いには秀吉方の大名が大勢居城を構えています。そんな中、いち早く城を明け渡しますと申し出たのが一豊だったのです。そしてこれを機に、ほかの大名たちが城を明け渡して家康を順調に進軍させたというわけです。

一豊はその功績が認められて、後に土佐の城主へと出世しました。そう考えると、この城はその後続く徳川幕府の礎を築いたところと言っても過言ではないのかもしれません。



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