大奥の奥女中の階級分けがきっちりしてエグイことになっていた

奥女中の職制は役割ごとに分かれている

奥女中はおよそ250人前後いた。
奥女中には、将軍付きと御台所付きがいる。それぞれの役向きに差異はそれほどないが、将軍付きにあって、御台所付きにはない役職というのもある。

例えば、御客会釈・御錠口・御切手書・御伽坊主・御広座敷というのは将軍付きだけにある役職で、御台所付きにはない。反対に、中年寄・御小姓・御茶の間は御台所付きにだけあって、将軍付きにはない役職なのである。

いずれも年季奉公ではなく、無期限の一生奉公が原則だけれども、お目見え以下の女中なら、親の病気などを理由に宿下りができた。
以上を念頭に、奥女中の職制を席次順に見ていこう。

お目見え以上
①上薦御年寄は大奥最高のポジション
上薦御年寄というのは奥女中の中でも別格の存在だ。大奥でのポジションは最高位なのだが、政務にあまりタッチしないので権力はない。というより、実権実力を持たせないようしむけられていたようだ。

通常、将軍や御台所の側回りの御用を務めるのが仕事である。茶の湯や香合わせなどの催し事があると、相談役となって相手を務める。年寄といっても必ずしも高齢ということではなく、この役職に年齢の規定はない。

彼女たちはたいてい御台所の輿入れに一緒に付いてきた京都の公家の娘で、「飛鳥井」「姉小路」といった生家の通り名で呼ばれる。ちなみに病気などになると、江戸に自宅がないため幕府の養生所を借りて養生し、回復すれば大奥に戻る。

小上臘というのも公家の娘で、10歳くらいからの少女がなるのだが、上臨の見習いといった存在で、上薦御年寄の部屋の2階に同居する。


②御年寄は大奥一の権力者
日々、詰所の「千鳥の間」で煙草盆を前に端坐しており、諸方の部屋から持ち込まれるいっさいを裁決する。

御年寄は御用のほかは少しも身を動かすことがないといわれた。また、大奥全体の取締りをする大奥一の実力者であり権力者だ。この御年寄の権力と側室が結びつくことで、強大な力が大奥に生まれるのである。

大奥の規律の適用にはかなり厳格だったようで、中奥の御小姓(男役人)だった一人は明治維新後にこう語っている。
「大奥には御年寄というむつかしい人がいるので、将軍にとって一番お気楽なのは中奥であります」

将軍にとって大奥は自分の家とはいえ、それほどお気楽に過ごせるところではなかったとみえる。将軍にしてこうなのだから、あとは推して知るべきである。

この御年寄の中に御用掛という、御年寄筆頭というべき主役が一人いるが、彼女が外出するときには10万石の大名と同じ格式だったというから、その行列は相当なものだったろう。御年寄は、日常的にも中奥にいる御側御用取次と内密に相談できる存在だった。

また、諸大名に将軍の意を伝える上使にも立つということから、御年寄は表の役職ならば老中と同格といえる。後述するが、御年寄自身にも、そのプライドがあったようで、老中相手に悶着を起こした者もいるくらいだ。


③御客会釈は女使の接待係
将軍が大奥へやってきたときに接待を務めたり、また御三家・御三川・諸大名などからの女使の接待役を務めたりする。この役が御台所付きにないのは、大奥への客はすべて将軍の客として扱うからである。

この役は年齢を重ねて役職をまっとうできなくなった御年寄、御中礪、表使、御錠口などが引退したあとに就く、いわば隠居役でもある。

④中年寄は料理の毒見薬
この役職は将軍付きにはない。御台所付きの御年寄の指示に従って動き回る、言ってみれば御年寄の下役、代理役である。毎朝、御仲居から御台所の献立の書き付けを取り寄せてチェックし、料理ができあがれば毒味役もする。また、御年寄とともに御台所の代参を務めることもある。

⑤御中薦は身辺の世話係
将軍や御台所の身辺の世話をする役目だ。食事や入浴、便所のお供までいっさいの世話をする。年齢制限はなかったようだがほとんどは若い器量のいい女だったという。通常、「お手つき」というのは将軍付きの御中礪の中から出る。

お手つきになった御中塙は側室となるのだが、だからといって自分の部屋が与えられるわけではない。御中嘱で部屋がもらえるのは、一番古い筆頭の一人だけだ。そのほかの御中潟たちは、長局(奥女中の宿舎)にある世話親の部屋の2階を住まいにする。

世話親というのは、奥女中を自分の部屋に預かって、いっさいの面倒を見る者だ。
女中自身が、御年寄・御客会釈・御錠口などから世話親を選んで決める。御中鳩の場合、御年寄の中から世話親を選ぶ。女中たちはたいてい縁故のある者や、力のある羽振りのいい者を世話親に選ぶ。そのほうがメリットが大きいからである。

お手つきになって将軍の寝所に通うようになると、「御内証の方」と呼ばれ、子ができれば部屋をもらえる。女子を産めば「御腹さま」、世嗣を産めば「御部屋さま」と称され、本人ばかりか身内も一躍出世できた.それだけに将軍の目にとまって寵愛を得て、その世嗣を生むことを最大の幸運と栄誉と信じ、生き甲斐としていた。

お手つきは、将軍自らが見初めてそうなることもままあるが、通常は御年寄が御用掛(御年寄筆頭)と相談してお手つき用の御中潟を選び出す。だから、どんなに器量よしでも、御年寄の引きがなければ、まず将軍に見初められるチャンスに恵まれることはない。

運よく選ばれた者は、「お庭のお目見え」というお見合いをする。御殿の庭を歩いて、その姿形を将軍にご覧いただくというわけだ。

この「お庭のお目見え」を、御年寄たちは積極的に行った。というのも大奥の存在目的は、何といっても将軍家の世嗣をつくることにあったし、また世話親となっている御年寄にしてみれば、同居の御中礪がお手つきになってうまく子宝に恵まれれば、自分の権勢も増すからだ。それだけに、御年寄同士の派閥争いも激しかった。

将軍の目にとまるのは将軍付きの御中薦だけとは限らない。御台所付きの御中聰を見初めてしまうこともある。その場合はお付き替えという形をとって、その御中鳩を御台所が将軍に献上したという。

奥女中の間では、お手つきになった御中礪を「汚れたお方」、お手のつかないのは「お清の方」とあだ名したというから、いかにも女たちのねたみやそねみがうかがえる話ではないか。

また、お手つきになる御中塙の身分は表向き限られていて、その親許はお目見え以上の旗本でなければならなかった。とはいえ、より身分の低い親許の娘であっても、そこは男と女、見初められてお手つきになることがあったのはいうまでもない。こういう場合、彼女は御中潟に昇進する。


⑥御小姓は小間使い役
御台所付きにある役職で、煙草や手水などの世話をするのだが、13、4歳の少女がこの役に就くことが多い。いわば小間使いである。

⑦御錠口は将軍からの用を取り次ぐ係
大奥と中奥との境は、銅で包まれた塀で厳重に仕切られているが、「錠口」という錠のかかった出入口があるや将軍が大奥へ出入りする「上の御鈴口」と、普段は用のない非常口ともいえる「下の御鈴口」の二口に分かれている。

この錠口に詰めて出入りを見張ったり、また中奥側の男役人(奥の番)と交渉をして将軍からの用を取り次いだりするのが、御錠口である。すべて物品は御錠口という役の女中と奥の番との渡し合いになる。

このほかにも錠のついた出入川というのがあるので、注意が必要だ。前述の大奥の内玄関である御広敷と大奥との境にあるのがそれで、医師やお目見え以上の女中たちが出入りする「御広敷御錠口」である。ここには御使番という役女中がいる。

御広敷御錠口は明け六ツ(午前6時)に開き、暮れ六ツ(午後6時)に閉まる。その錠口から外側が、大奥の警備と事務をつかさどる役人(男)、それに賄い方(男)が詰める御広敷になる。

ちなみにお目見え以下の女中たちの宿下りのときや、身分の低い部屋方あるいは面会にくる女中の近親者などが出入りする「七ツロ」というのが、御広敷と長局側との間にある。

セッロと呼ばれるのは、この出入口がセツ(午後4時ごろ)に閉まるからだ。ここには奥女中たちの買い物口もあって、高さ三尺(約90センチ)くらいの手すりがあり、その向こうに女の用達商人たちが詰めている。

手すり越しに注文を出し、手すり越しに受け取る。手すりがあるのはここだけなので、「手すり」といえば、「七ツロ」を指す。ここから奥女中が長持ちに入って表へ忍び出るとか、男を入れるとかいう話もあって、その取締りのため長持ちの仕方を調べることになっていたという。それゆえセッロは、いってみれば御広敷の関門といえるところだった。

⑧表使は使い走り係
御年寄の指示にしたがって大奥に必要な買い物、箒を買うとか、肴を買うとか、米を買うとか、種々の買い物をつかさどる役目を負っている。ただし、表使が外出して買いに行くわけではない。必要な買い物があれば書き付けて、「御広敷御錠口」から御広敷の役人に通知し、調達させるのである。

また、「御広敷御錠口」で御広敷の役人と掛け合って、外部から大奥にくる用向きを取り次ぎ、その返事を通知したりもする。

このように表使というのは表の社会と大奥との取次役で、奥女中たちの中にあって重要なポジションであった。才知の勝れたものでなければ務まらない、いわば外交官役だ。それだけに、役得という点では御右筆ともども一番良かったといわれる。
あとで詳しく述べるが、御年寄のほかにはこの役にしか与えられなかった。

⑨御右筆は書類の作成や献上物の検査係
日記、諸向きへの文書、諸家への書状、記録の執筆・作製などにあたる役職だ。
日記は、それぞれが思い思いにつけていたという。書くばかりの役のように思われるが、御三家・御三卿・諸大名からの献上物などを検査するのも役目で、その上で御年寄に差し出していた。代参があれば御年寄に随行するのも仕事の一つだ。


⑩御次は道具などを整える役
仏間、台子(正式の茶の湯に最も古くから用いられている棚物で、風炉・茶碗・茶入れ・水差しなどをのせておくもの)、膳部、道具などを整えるのが役目だ。

また臨時の催し事、例えば、鳴り物狂言などがあるときや式日に、遊芸役をこなすのも仕事である。したがって、一通り遊芸の心得があるものがこの役に就く。逆にいえば、お目見え以下で、その心得がある者は、御次に昇進しやすかった。昇進できれば、催し事のあるときなど、将軍や御台所にお目見えがかなうのである。

⑪御切手害はガードマン役
奥女中たちの買い物口でもある「七ツロ」を利用する人々が面会に来る奥女中の親とか親類、それに奥女中の使用人である部屋方や女の用達商人たちを検めるのが役目である。

例えば面会に来た者に御切手(許可証)を渡して部屋に通したり、また部屋方が自分の部屋から御切手をもらって出入りしているか、女用達商人は門札(出入許可証)を持っているかなどをチェックする。もちろん、大奥への男の侵入に目を光らせたことはいうまでもない。

⑫御伽坊主は女性なのに男性の着物姿の雑用係
将軍付きだけにある役職である。頚を円く剃った剃髪姿で羽織袴を着ている。女で男の着物姿なのである。老女とは限らず4、50歳から、若い女性もいたといわれるが、御剣を捧げて将軍のお供をしたり、側回りのことだけをする雑用係である。

大奥には「御清の間」と呼ばれる仏間と、「大清の間」と呼ばれる神道の部屋があるが、ここの雑用もし、また不寝番もする。

将軍の言い付けであれば大奥のどの部屋へも出入りでき、また上の御錠口から中奥、中奥から表と、本丸中どこへでも出入りできる唯一の奥女中である。例えば、将軍が大奥へ入ったあと、中奥に忘れ物をしたとする。その品を取って来なさいとなれば、御錠口で奥の番と掛け合って中奥に入っていけたのである。

また、将軍が大奥に泊まる際には御台所や側室への連絡役も務めた。おそらく御伽坊主が一番、将軍の大奥生活を知る立場にいたのではないだろうか。
ちなみに「旧事諮問録」によると、子どもを亡くした者や、御三の間の髪の薄い者などが願い出て御伽坊主になったという。ということは、大奥女中は必ずしも未婚の女たちではないのである。

⑬呉服の間は裁縫しかしない
将軍・御台所の召し物の裁縫をつかさどり、ほかのことには少しも係わらないのがこの役である。役名通りの裁縫ひとすじで、お役替えというのは少なく、昇進も呉服の問頭になれば行き止まりであった。

仕事は厳しかったようで、針の先がちょっとでも欠けてなくなったりすると、それが見つからないうちは大変な騒ぎになる。

部屋の中はもちろん、庭の小砂利を敬いたお白州までさらって探す。探している間は幾日でも針のなくなった日に着ていたものを着用して、探し回る。自分の部屋に帰るときには、いちいち別の着物を部屋から取り寄せ、着替えてから帰らなければならなかったという。ただ、なくなった針を探している間はご馳走が出たというから、まんざら厳しいだけでもなかった。

お目見え以下
①御三の間は超多忙な何でも雑用係
ここはきわめて多忙なところである。毎日、御台所御座所はもちろん、御三の間以上の部屋の掃除いっさい、それに湯や水の運搬、火鉢・煙草盆などの管理もしなければならない。

また御年寄・中年寄・御客会釈・御中鵡などの雑用もするし、鳴り物狂言の催し物があるときは御次とともに遊芸の役もこなさなければならない。

さらに、朝六ツ半(午前7時)、御台所の目覚めを御年寄が知らせたあと、「六ツ半時お目覚め、おめでとうございます」と言って部屋方に触れ回るのも、御三の間の仕事である。

奥女中の役職の振出しは、この超多忙な「御三の間」といわれる。お目見え以下の女中ではあるけれど、採用条件は、親許がお目見え以上の旗本でなければならなかった。

②御広座敷は御膳部の雑用係
表使の下働きをしたり、諸大名の女使が登城したとき御膳部の世話をしたりする。
御広敷御錠口の近くにある御広座敷は、御年寄などが老中や表役人と面会したり、新規採用する女中に誓詞を申し渡したりする部屋であり、ここの世話もする。

③御仲居は料理係
御膳所に詰めて献立いっさいの煮たり炊いたりを取り仕切る。

④御火の番は火の用心棒
御火の番は、文字通り火の番だ。昼夜を通して奥女中の部屋を何度も巡回して火の元を注意する役である。志願すれば遊芸の稽古を許され、催し物があるときは御三の間にまじって踊ることもある。

⑤御茶の間は湯茶係
御台所の食事中の湯茶を調えて納めるのが役目で、御台所付きにだけある。

⑥御使番はガードマン役
番部屋に詰めて、御広敷御錠口の開閉を取り扱う。また御広敷役人と掛け合いをして外部との取り次ぎもする。

⑦御末(御半下)はいっさいの下働き役
いわゆる下女で、風呂や台所用の水汲み、それに掃除などいっさいの雑用を受け持つ。この下にも、給金なしの員外で、御犬子供といわれる雑役に従事する女たちがいる。大奥での食べ残しを食べるのでそう呼ばれたという。

その他の女中
また、これ以外にも大奥に働く女中はいる。
お目見え以上の奥女中が幕府から頂戴する給料で、自分の身の回りの世話をさせるために雇う部屋方(又者)と呼ばれる使用人たちである。彼女たちは幕府が抱える女中ではないので、長局以外の場所へ出歩くことはできない。そんな部屋方にも階級があって、局、合の間、小僧、タモン、ゴサイと呼ぶ役があった


なお、幕府から給料をもらう奥女中たちは、お目見え以上であっても以下であっても一生奉公が原則であった。

とはいえ奉公に上がったら、一生家族と会えないというわけではない。お目見え以下の女中は宿下りができた。また、長局の自分の部屋では家族と会うことができた。
それでも、男は九歳以下の者、女は祖母、母親、娘、姉妹、伯母、姪に限られていた。
また御年寄の許可が得られれば、家族を一泊させることもできた。けれども奉公に上がったら最後、父親とはその死に目にしか会えなかった。ただし、お手つきになった者は、何があろうと一生、宿下りはできない。


この記事を見た人は、一緒にこんな記事も読んでいます!


ナビ
Page Top