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新潟県・新発田城|築城から56年の歳月をかけて完成

新発田城(新潟県新発田市大手町6-4)

新発田城について
新発田城
国重要文化財 本丸表門、二の丸隅櫓
別名 舟形城(ふながたじょう)
分類 平城
築城年 鎌倉時代か、慶長3(1598)年
築城主 新発田氏、溝口秀勝
主な城主 溝口氏
新潟県新発田市大手町6-4

慶長3(1598)年、溝口秀勝が越後蒲原郡6万石で入封、新発田城の築城を開始しました。旧城を取り入れながらも、比較にならないほど大きな縄張を築いたため、完成は3代宣直の時代の承応3(1654)年、実に56年の歳月がかけられたのでした。

その後、溝口家は明治まで12代を数えたのですが、明治に入って、建物の大半が取り壊され、堀もほとんど埋められてしまったために、現在、残っているのは、表門、二の丸隅櫓、本丸南面石垣のみになっています。

もともと天守はなく、本丸の北西隅に三重櫓を築いて三階櫓と呼んで天守の代用としていましたが、これも明治7(1874)年に解体されてしまいました。しかし、長年にわたる住民からの希望もあり、明治初年の古写真などを資料にして、平成16(2004)年に、辰巳櫓と併せて復元されました。

廃藩置県で6万石から10万石に石高が増えているのも珍しいですが、県の文化財である豪農・市島邸などを訪ねてみると、豊かな米どころであったこの地方の暮らしや文化が偲ばれてきます。

城下町の面影を残す寺町通りには、その分家の「市島酒造」も。華やかとは言えませんが、独特のゆかしさをたたえる北越のお城。折に触れ訪ねたいところです。



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