滋賀県・膳所城|軍事的要衝に建つ水城

膳所城は軍事的要衝に建つ水城

天下普請第一号
1601年、徳川家康が縄張りの名人・藤堂高虎に命じて、琵琶湖に流れ込む瀬田川の河口近くに築城させたのが膳所城である。徳川の天下になって、はじめての天下普請であった。

膳所城の位置は、古くから関所が設けられた逢坂山に近く、京都へ通じる陸上交通の要衝である。また、近くの瀬田川に架かる唐橋は、京都から名古屋に通じる軍事上の要衝で、古代より常に合戦の起きる場所として知られてきた。さらに瀬田川をくだり、京都や大坂港に通じる水上交通の要衝でもあった。

逢坂山の関所のある大津は、幕府直轄領であり、これらを守護するための大津城が建てられていたが、膳所城がそれにとって代わり、大津城は廃城にして、大津城主戸田一西が初代膳所城主となったわけである。

膳所城が、多くの大名を助役とする天下普請第一号となったのも、のちに江戸城の縄張りをまかされる藤堂高虎がわざわざ縄張りを担当したのも、この地が軍事的に極めて重要な場所であったからに他ならない。

初代城主戸田一西は、小田原の戦をはじめ、一数多くの活躍をした武将であったし、二代目以降の城主も、譜代か親藩の大名が城主となったことからも、幕府がこの城をいかに重視したかがうかがえる。


この記事を見た人は、一緒にこんな記事も読んでいます!


ナビ
Page Top